腹の底から湧き上がる感動を/トライした人のみが得るご褒美

世界中を庭のように優雅に遊ぶ方法 海外暮らし日々徒然

みなさま、こんにちは。いつもは数日サクッと滞在するパリに今回は長めに滞在し、懐かしのあちこちをウロウロしていたためか何だかフランス生活を振り返る滞在になったようで、昔を思い出したりして自分の成長を感じた。パリから戻ってきてもふとした瞬間に気づきやインスピレーションが降りてきます (怪しい?w) でも、いつもと違うことをすると刺激になるのでアイディア等が沸くのは当然なのですよね。

カタコトフランス語からちゃんと談笑できるレベルになって成長を感じたというお話をしたのですが ☟

その話を義妹(フランス語しか話さない、海外在住経験なし、近隣諸国以外に行ったことなし。おそらく仏語圏以外行ったことはないのではなかろうか) に話した時の反応は私との温度差が果てしなく大きく若干塩対応 (笑)

あっ、そうなんだ。よかったね。

そんだけかい?!って心の中で毒づいたが、そうだった、私の気持ちや喜びをわかれっていのが無理だなって冷静になった。感動を分かち合おう、この喜びを同じ熱量で感じて欲しいと他人にシェアしても拍子抜けすることってないでしょうか?めちゃくちゃこっちは興奮気味だけど相手はさほどでもみたいな。でもね、結論=だって、やったことがないんだもん、わかるわけがない。そこまでの道のりや気持ち、どんな事があって、半ばあきらめようとかの葛藤などその工程はトライした当の本人にしかわからない。外国語を学んだ事がある人にしかその道のりはわからない、ましてや日本語話者がフランス語とかならちょっと難易度アップ。私からするとフランス語話者やドイツ語話者の場合は英語はちょっと勉強すれば楽勝でしょって勝手に思うけど、話せない人も多いよね。いや、やれよ、違う文化の他者を理解するために努力しろよちょっとはって心の中で思う時あるけれど(お腹黒い子な私♡) 

今回パリを散策していて自分の今までのフランスやフランス語との関わりがなんか走馬灯のように思い出されて

腹の底から湧き上がる感動というか、ちょっ胸アツになった

一生懸命生きている毎日でところどころでこの腹の底?心の底から溢れるような感情が私は感じるのですよね。このなんていうのかな、みなさまにもこんな感覚を味わう瞬間ってないですか?

  • ぶわっと、ぐわっと胸を占領する感覚
  • 身体にぶわわーんと染みわたるような
  • じんわりと身体全体を覆う感じ
  • 温かい何かに包まれているような浮遊感
  • なんかわからないけど涙出そうな感じ
  • 生きててよかった、頑張ってよかったわ~と自分を褒め讃えたくなる気分

擬音語多めですみません。でも、素朴にぽっと身体をともすようなものではなく、この身体を覆う感覚、もしくは体の芯から発する感覚のことを表現したかったの。この感覚が現れるのは主に2パターンあると思っています。

パターン① : 今迄してきたことが報われた、実った時 

これが今回の私のフランス語イヤイヤ期を超えて、現在フランスなうでたくましく生きている感じかな。あとはこんな場合もあるだろう。

  • 資格に合格した
  • 夢だった海外留学を実行した
  • 憧れだった人と会えた など

こちらは主にチャレンジして目標達成や夢を実現した場合に湧き上がるものなのでわかりやすいし、時と場合によっては長期戦の場合もあるのでかなり湧き上がり度は大きい。

その② : 自分の琴線にガチっとはまった時

  • 自分好みの美しい景色を見た 
  • 心が動くような出来事があった 

そんな場合に瞬時に発動するぶわわわーんという感動がこちら。トライしてというより自分の琴線にガチっとはまって出て来るもの。

私は大体知らない土地で見た美しい景色や現地の人の優しさに触れた時に発動する。

例えばこんなこともあった。ロサンゼルスに行った時にアメリカが大きいって知らなくてw 友人とお昼ご飯を食べながら、地図を見ながら

このショッピングモールってここから近そうだよね?歩いて行けそうだよね?

そうだね、地図を見ると道がわかりやすいし、迷わないだろうから歩いて行こう。

この安易な思考が致命的なミスを犯しているとはその時はつゆ知らず。そう、地図の縮尺の規模を忘れ日本感覚で距離感をとらえている地図が読めない女子2人は住宅街をてくてくと歩き出した。途中で犬の散歩をしていたアメリカ人母娘に出会い、お話をしていたら、娘さんがびっくりした顔で

えっ、あそこのショッピングモールまで歩くの?1時間以上かかるわよ。

地図が読めない私たち、チーン。終了w すると母娘さんが二人で提案してくれた。

家がすぐそこだから、ちょっと待ってて。車を取ってくるから送ってあげる。

あー、日本国外にもこんなに愛があふれた人がいるんだ。。。愛っていいなあ、こうやって優しさを分けてくれる人って偉大だなあってジーンとした。人種が違っても、国が違っても、地図がからしき読めてないすっとぼけた外国人に対してもw 優しい人って本当に優しいんだなって。さっと手を差し伸べられる器の大きさ、素晴らしいって。

海外のあちこちでこういう人って存在するのですよね、ホント。イギリスでも駅からとぼとぼ歩いてたら、どこ行くの?道わかる?って一緒について来てくれる老夫婦とか、お姉さんとかに何回も出会ったことがある。上り階段でビジネスマンで忙しいはずなのにスーツケースを運んでくれるジェントルマンとかね。本当に人間って温かいなあって、ぶわわーんって身体をその感覚が駆け巡る。

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腹の底から湧き上がる感動を味わうために生きている

私は最近こう思うのです。私が感じたいことはこういった腹の底?心の底から湧き上がる感動や喜びや愛や豊かさを一つでも多く味わうこと。これは体験による体感でしか得られない。そしてもう一つ条件があって、これを感じることができるココロの余裕があるかどうか。淡々と毎日を生きているとか、感謝ができない性質とか、不満だらけとかだと、この感動を味わう感覚がない=不感症になってしまう。どんなことにも無機質になってしまって大事な瞬間を逃してしまう。だから日頃からストレスはためない、感覚を磨くといった習慣も大事。

この腹の底から湧き上がる感覚は、

  • 実際に自分の欲求に素直に真摯にトライした人
  • 毎日を真剣に大事に生きている人
  • 自分の感覚(本当に好きな物や自分が何に対して喜ぶかがわかっている)に意識を向ける習慣ができている人
  • 今この瞬間に集中し、味わっている人
  • 頑張って生きている自分を労い、褒めることが自分でできる人

これらの人のみが味わえるご褒美のようなものじゃないかしら?やらなきゃ得られない、真の自分自身じゃなきゃ得られないとても贅沢なご褒美だと思います。

この湧き上がる感覚で得たものはいつまでもココロや記憶に留まるので一生の宝物。一方で例えば欲しかったブランドのバッグを手に入れて得た感覚は結構命は短いかも、また違うのが欲しくなるという物欲=欲望の方が強いから。私も美しいバッグは好きなので買うことを否定しているのではないですよ。本当に欲しくて買って、いつまでも大事に思えるのなら同じこのぶわわーんとした湧き上がる感覚なので宝物ですから。どちらにせよ、腹の底から感じる感覚であればよき体験となるのは間違いないです。そういう瞬間をたくさん味わっていきたいなと私は思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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